10代はじめの多感な時期に乾癬を発症した経験から、啓発活動を行っている山下織江さん。当時はどういう病気かわからず、相談できる相手もいなかったそう。人に見られないように、肌も心も隠しながら過ごしてきた山下さんが、前向きに治療に取り組むようになるまでのストーリーを伺いました。

Episode.1
頭皮にフケのような症状が
私が乾癬を発症したのは12歳か13歳の頃。頭皮にフケのような症状が出てきて、制服の肩にパラパラ落ちるのが気になり、常に肩の周りをチェックしていたのを覚えています。これは鱗屑(りんせつ)というもので、髪をとかすたびに肩や床に落ちる白いフケのようなものを見ては、気持ちが沈みました。落ちたものを集めると、小さな山になるほどの量。かゆみが強く、無意識に頭皮をかきむしってしまうため、指先に血がついてしまい、それがノートや教科書にもついてしまったり、服の上からかきすぎてシャツに血が滲んでしまったりしました。

母に連れられて地元の皮膚科を何回か受診した後、乾癬と診断されました。今から30年以上も前のことで、当時は情報が全くありませんでした。インターネットも今ほど普及していなかったですし、病気について知るには病院で先生に聞くしかなかったのですが、まだ10代はじめの私は質問することもできませんでした。引っ掻いたあとや、肘や膝などのこすれやすい部分に新たな発疹ができていったのですが、それがケブネル現象といって、乾癬に特有の反応だと知ったのは、ずっと後になってからのことでした。
仕方がないことなのかなと、諦めの気持ちを抱えながら、積極的に治療に向き合うこともできずに過ごした10代、20代。最初は頭皮だけでしたが、症状は少しずつ広がっていき、腕や背中、腰、足など、全身のいろいろな場所に赤く盛り上がった発疹が出るようになっていきました。爪にも症状が出て、表面がデコボコになったり、変形したりもしました。手元は人の視線に入りやすいので、大学生や社会人になって、電車で吊り革を持つときや書類を渡すときには手を引っ込めてしまい、手を見せることにも抵抗を感じるようになっていきました。さらに、鼻の周りや頬など、顔に症状が出てしまったときには、隠せない場所だったのでショックが大きかったですね。鏡を見るのもつらくなり、外出することすら億劫に。
Episode.2
見られたらどうしよう…人前に出ることが怖かった
乾癬は皮膚に症状が出るだけではなく、日常生活のいろんなところにも影響を与えました。例えば、服装。本当は季節に合った服や自分が着たい服を自由に楽しみたいのに、症状を隠すために夏でも長袖や長ズボンを選ぶことが多くなりました。濃い色の服は鱗屑が目立つので、学生時代は紺色の制服が嫌でした。温泉やプールといった肌を見せるような場所も本当は好きなのに、誘いを断るように…。学校や職場でも、見た目のことやかゆみによる集中力の低下で自信が持てなくて、これ以上悪化したらどうしよう、何か言われるんじゃないかと不安で、人前に出ることを控え、新しいことに積極的にチャレンジできない自分がいました。

かゆみや見た目による不快感以上に、見られたらどうしよう、何か言われたら嫌だなという不安や緊張感の方が、ずっと大きな負担でした。周りから「うつる病気なんじゃないか」「不潔にしているからじゃないか」と誤解されるのが怖くて、人の目を気にしてばかりいました。発疹を隠して人との距離も自然ととるようになってしまいました。隠そうとすること自体も大きなストレスだったように思います。乾癬のことはなるべく口にしないようにし、考えることすら避けるようになり、自分の心に蓋をして過ごしていたような感覚でした。
Episode.3
体の表面だけでなく、人生の深い部分に傷を負った
一番つらかったのは、乾癬のことを相談できる人が身近に全くいなかったこと。どうして自分だけこんな変な病気になっちゃったんだろうと、不安と孤独をずっと抱えていました。家では母がとても心配してくれましたが、「使っているシャンプーが合わないんじゃない」「髪を長くしているから蒸れるのかも」「お菓子ばっかり食べているから」と、私の生活習慣が原因ではないかと言われることも。自分が悪いから病気になったんだと、考え込んでしまうようになりました。

当時の私は自分に自信を持てず、いろいろなことに対して一歩踏み出せませんでした。乾癬は体の表面だけでなく、心や人間関係、仕事や夢といった人生のいろんな部分に影響を及ぼしていたのだなと思います。一見周りから見ると、深刻な病気には見えないこともあるかもしれません。でも、患者自身にとっては、日常の些細なこと一つひとつが知らず知らずのうちに乾癬の影響を受けていて、それが積み重なることで、気づけば自分の可能性にブレーキをかけてしまっている。そんな病気だなと感じています。

Episode.4
もっと早く、正しく知っておきたかった
乾癬は皮膚だけでなく、関節にも症状が出ることがあります。私は20代の半ばごろから関節にも痛みを感じるようになりました。最初はちょっと違和感がある程度でしたが、だんだんと朝起きた時に手や足の指がこわばるようになり、全身の関節に痛みを生じるように。ひどいときには、痛みで朝ベッドから起き上がれず、体を動かすことすらできない。でも痛みがずっと続くわけではなく、痛む場所もいつも同じではないのです。日中になるとなんとか体を動かすことができたので、まるで自分が怠けている人間のように感じ、嫌悪感に陥ってしまいました。乾癬の症状とは知らず、我慢してやり過ごしていた結果、受診が遅れてしまい、気づいたときには足の指が変形。関節は一度変形してしまうと元には戻りません。乾癬に関節炎の症状があるということをもっと早く知っていればと、今でも悔しい気持ちになります。

2022年に行った調査によれば、乾癬に関節の症状があることを知っていた患者さんは3割にも満たず、ほとんどの方が知らないという結果に。乾癬の患者さんのすべてが関節炎を発症するわけではありませんが、皮膚だけでなく関節にも症状が出ることがあるというのを、もっと多くの方に知っていただけたらと思っています。

さらに、乾癬は全身の炎症性の疾患のため、関節だけでなく体全体の健康にも影響を及ぼす病気です。例えば、高血圧、脂質異常症、糖尿病、心筋梗塞、うつ病など、さまざまな病気と関係のあることがわかってきています。私自身も食事には気をつけていますが、血圧が高くなりがちで、今は循環器内科にも定期的にかかっています。日頃から皮膚や関節の治療と並行して全身の健康というものを意識するようになりました。こうした併存疾患の予防のためにも、乾癬という病気を単に皮膚の病気として捉えるのではなく、体全体、そして心にも影響を及ぼす病気として捉えて、早めに適切な治療を始めていただきたいです。
Episode.5
乾癬のこと、気軽に話してもいいんだ!
10代、20代の頃は、自分の病気のことを知らずに治療もちゃんとしてこなかった私が、前向きに治療と向き合えるようになったのには、いくつか大きなきっかけがありました。

一つは治療目標ができたことと、それを支えてくれた家族の存在です。母になり、30代になったとき、当時まだ小さかった子どもが水遊びや海が大好きでした。このままずっと自分の肌の状態を気にしていたら、あっという間に成長する子どもとの時間も、自分の人生も、思いっきり楽しめないかもしれない。家族みんなできれいな海で思いっきり遊びたい!と、治療と向き合う決心ができました。

もう一つのきっかけは、患者会との出会いです。それまでの私は、自分の症状を人に話すことも、同じ病気の人とつながることも積極的にはしてきませんでした。でも、前向きに治療すると決めてから参加した患者会で、自分と同じような症状で悩みを抱えている人がこんなにたくさんいるんだと知りました。患者会の人たちって、すごく明るいんですよね。初めて参加するときには不安いっぱいの方が多いですが、患者さん同士や、医療従事者の方とワイワイ話しているうちに、固まっていた心がほぐれてくるといいますか。私自身も、乾癬のことをこんなふうにざっくばらんに話していいんだと思えた瞬間でした。

患者会で出会った患者仲間から最新の治療の話を聞けたのも、私にとっては大きなことでした。当時は、どうやらいろんな治療が出てきているらしいというくらいの情報しか持っていなくて。正直、副作用や費用のことが心配で、手を出すのが怖いという気持ちもありました。でも、実際に目の前に最新の治療を受けている方がいて、「私はここまで良くなったんだよ」と肌を見せてくれたりして。もちろん、全員に同じ効果があるとは限りませんが、ここまでよくなれるかもという具体的なイメージを持てたのは大きなことでした。

Episode.6
医療従事者との良好な関係で治療が前進
新しい治療をやってみようと思えるようになり、「家族と海やプールに行って、乾癬のことを気にせず思いっきり楽しめるようになりたいんです」と主治医の先生にお話ししたことがきっかけで、診察室の中でも徐々に自分の困っていることを素直に伝えたり、聞いてみたりできるようになりました。乾癬が良くなったらどんなことができるようになりたいのかとか、日常生活の目標を伝えてみるのも一つの方法なんじゃないかなと思います。お医者さんと信頼関係を築いて何でも話せるようになることは、自分の安心にもつながりますし、治療を継続していく上で本当に大切なことだと思っています。また、治療の全体像について聞いてみることも、とても大切なんじゃないかなと。私は何度か薬を変更しているんですけれど、「今の治療が効かなかったら、次はこういう選択肢があります」と事前に教えていただいていたので、我慢せずにスムーズに次の治療に移ることができました。

診察の場で言い出しにくいことは、看護師さんにお話ししてみるのもいいと思います。私も看護師さんに薬を塗っていただいているときに、「子どもが小さいから、毎日薬を塗るのが大変なんです」なんて何気なくこぼしたことから話が広がって、私が治療に何を望んでいるのか、より具体的に伝えられるようになりました。薬の効果や副作用について不安があるときには、お医者さんだけでなく、薬剤師さんに相談することもあります。医療費については、「医療事務の方から詳しく教えていただいて助かったんだよ」という患者さんのお話を聞いたこともあります。

治療に関わってくださるのは、お医者さんだけではありません。看護師さん、薬剤師さん、医療事務の方々など、皆さんそれぞれの立場から患者さんを支えてくださっています。一度にすべての疑問が解決するのは難しいかもしれません。でも、一つ一つ治療に関わってくださる方々に聞いてみることで、不安やモヤモヤが少しずつほぐれていって、気持ちがグッと楽になることもあると思います。こんなこと相談していいのかな?と迷うようなことでも、まずは一歩踏み出してみてほしいなと思っています。私自身がそうだったんですけれど、やはりそれが自分の治療を前に進めるきっかけになるんじゃないかなと思っています。

Episode.7
念願叶って、大好きな子どもたちと海へ
私の乾癬はもう一生治らない、ボロボロの肌で生きていかなきゃいけないんだ。そう諦めかけていたんですけれど、治療によって皮膚にあった発疹がほぼ見えなくなるまで改善したときに、私の生活は少しずつ前向きに、心が軽く自由になっていきました。何よりうれしかったのは、家族と一緒に念願だったきれいな海に行って、思いっきり楽しめたことです。今では子どもも大きくなって、私と出かける機会は少なくなってしまいましたが、当時、子どもたちといろんな場所に出かけて、乾癬のことを気にせずに心から楽しめたことは、今でも大切な思い出として残っています。

これまでどうせ無理だろうとか、私にはできないと諦めていたことも少しずつ挑戦できるようになりました。おしゃれもその一つです。鱗屑が目立つのが怖くて避けていた濃い色の服とか、半袖のトップス、スカートも着てみたいと思えるようになりました。また、気持ちが前向きになったことで、仕事への意欲もわいてきて、やってみたいと思っていた分野に思い切って挑戦してみようと思えるようになりました。見た目だけでなくて、気持ちの面で自信が持てるようになったことが、私にとっては一番の大きな変化でした。乾癬の治療によって症状が軽くなるだけではなく、より自分らしく生きられるようになったということは、本当に大きな一歩だったかなと思っています。

私は自分に合う治療にたどり着くまでに、本当に長い時間がかかってしまいました。乾癬や治療について、もっと早くきちんと理解できていたら、こんなに長く悩んだり遠回りしたりすることはなかったかもしれません。あの頃の自分に言葉をかけてあげられるなら、「辛いことは我慢しなくていいんだよ。一人で抱え込まなくていいんだよ」と伝えてあげたいです。
Message
伝えなければ、伝わらない!
乾癬のことについて日頃なかなか話す機会ってないんじゃないでしょうか。そして、診察室の場でも言い出しにくさを感じている方もいらっしゃるのではないでしょうか。でも、辛いことや困っていることを我慢したままにせずに、もしくは、どうせ治らないからと諦めることなく、まずはお医者さんに相談していただけたらなと思います。
治療のゴールは「私のありたい姿」
例えば友達と温泉に行くとか、家族と海に出かけるとか。治療がうまくいったらどんなふうに過ごせるようになりたいか、どんなことを叶えたいか。そうした思いを持つことは、直接治療と関係ないように思えても、実は治療を続けていくために大きな原動力になります。
納得して治療を続けていくために「つながる」
患者仲間とつながる。正しい情報とつながる。そして、お医者さんだけでなく、看護師さんや薬剤師さんなど、周りの医療従事者の方々とつながること。そうした信頼できる人たちとのつながりの中で、私は「自分は一人じゃないんだな」と実感することができました。その気持ちが少しずつ心をほぐしてくれて、前向きに治療に取り組めるようになりました。
乾癬は現時点では長く付き合っていく病気です。しかし、近年では治療の選択肢がたくさん増えてきています。自分のライフスタイルに合った無理のない治療と出会って続けていくこと、そして自分の病気をある程度理解して、自分の言葉で困り事や希望を伝えるっていうことがとても大切なんじゃないかなと思っています。そして、応援して支えてくれる人たちの存在というのが、何より心強い支えになるんじゃないかなと、私は実感しています。
Check
患者コミュニティを覗いてみよう

患者コミュニティでは、患者さんやご家族の声を大切にしながら、さまざまな活動を行っています。まず、患者同士のつながりの場として、全国24カ所で乾癬の患者会があります。それぞれの地域で学習会や交流会を開催しています。最近ではオンラインでの講演会や交流会の場も増えていて、地域を越えたつながりも広がっています。

毎年10月29日は世界乾癬デー。その日に近い週末に東京タワーで啓発イベントを行っています。全国各地でも地元の大学やクリニックの先生方の協力により、街頭や商業施設で乾癬に関するアンケート調査、啓発活動、患者さん同士の交流を行っています。

最近では医療者や研究者、そして企業の方々とも連携しながら患者さんの声を社会に届けて、乾癬の患者さんの生活をもっと良くしていこうという取り組みもいろいろ広がっています。患者会やイベントなど、「ちょっと覗いてみようかな」くらいの気持ちで、ぜひ身近なところから参加していただければなと思います。私もそうだったんですけれど、つながることで気持ちが少し軽くなり、自分だけじゃなかったと思える瞬間がきっとあるんじゃないかなと思います。
一般社団法人INSPIRE JAPAN WPD乾癬啓発普及協会
公式サイト https://www.inspirejapan-wpd.net/